「街」

首都圏への人口流入はいまだに続いているという。ずっと続いてきた首都圏の人口増と、変わらないインフラ。東京周辺の街が持っているひずみのひとつである、生活道路について。

私の住んでいる市川市を例にとれば、48万人の人口を抱える大きな市に膨張したものの、生活道路として大きな役割をはたしている県道は、車道と側溝だけの昔の規格のままです。

上の絵は、我が家の近くをはしる県道ですが、だいたいこのようなイメージで、せまいところではバスが側溝の上まで侵入してきます。コンクリート製のふたのところどころにある排水溝には段差があって、決して歩きやすいとはいえません。電信柱もあって、カートを押すお年寄りにとっては難行というしかありません。
朝の通勤通学時間帯ともなれば、バスや車がいっぱいなところに、左側も右側も自転車が走り、人はそれをよけながら歩きます。立往生もしばしばです。歩行者優先や自転車の左側通行というのはこういう状況では絵空事で、そもそもそういうルールを守る環境ではありません。

考えてみれば、道路の拡幅はそうそう簡単にできることではないので、過密化が進んでも、改善されることなく放置されてきたのだと思います。道路の規格を定めている法律は、新しく作ったり改修したりする場合の規格を定めていますが、規格に合わない既存の道路についてのビジョンがありません。いわば思考停止状態。
しかし高齢化が進んでデイサービスの送迎の車ばかりが目立つ街を見ていると、こういう道路の状況は街の抜き差しならない問題になっていると感じます。お年寄りが買い物へ、公園へと安全に出歩くことができれば、もう少し健康年齢をのばすことができるだろうし、そういうお年寄りの存在を皆が知ることができるのですから。
お年寄りが自分の力で生続けることができ、街の人たちとともに生きるためには、生活道路が重要であることは論を待ちません。

ごく限られた道路を規格通りに拡幅する整備には手を付けますが、既存道路の改善ビジョンがない道路行政のスタンスは、”all or nothing”型整備と言わざるを得ません。つまりほとんどの生活道路は改善されないままということになります。立派な歩道なんていつまでたってもできるとは思えません。もう少しニーズに見合った柔軟な道路整備の考え方はないものでしょうか。
例えば、下の図のような「小規模な拡幅による歩道整備」という考え方。

① 60㎝程度の小さな拡幅で、できるところから、でできるだけ多くの道の歩道整備をはかる
② 排水を道路と平らなスリット型側溝にする
こうした整備なら宅地を少し削るだけですむので、整備が進められるところも多いのではないでしょうか。